ここは、俺の赤嶺永正の反逆です 認められない自分に認められるように 孤立の中に美しく咲ける所にしたいです
負け犬の反逆
湯築城防衛線 妄想伝8
2009-01-07-Wed  CATEGORY: 烈風妄想伝
1588年5月
勝瑞城奪還戦開始

俺「とりあえず、ちゃっちゃと落すぞ」
龍造寺信岡(敵大将)「この、わしに挑むとはいい度胸じゃ! その鼻っ柱へし折ってくれるわ」

伊達軍
大将:伊達輝宗
兵数14000
部将数20

本願寺軍
大将:龍造寺信岡
兵数7100
部将数14

最上義光「とりあえず、数では勝っているので__うわぁ!」
俺「なんとwww義光の部隊に大砲が直撃した! 大丈夫か?」
最上義光「なんとか・・・しかし一番敵から放れている私達に放つとは・・・どうやら侮っていたようですね」
俺「とりあえず、どうする?」
最上義光「今回、勝瑞城は東門と西門があります。敵は東門に集中していますので二手に分かれ攻めましょう」
俺「そうだな。危ないから俺達はここで遠くから傍観するとしよう」
最上義光「心遣い感謝いたします。では、東門は鬼庭良直隊が率いる組、西門は留守政影隊が率いる組の部隊に分けます。東門に此方も少し戦力を集中させますができるかぎり鉄砲の射程範囲ぎりぎりまで近づいて下さい。決してすぐ東門を目指さず、じりじりとお願いします。東門で敵がこちらの部隊と睨み合っている内にその隙に西門の部隊は攻めて下さい」
鬼庭良直「承知・・・行くぞ」
留守政景「わかった!」

最上義光「こうして見ると我が伊達軍も潤ってきていますよね」
俺「どういう事だ?」
最上義光「武将がですよ。最初は武田勝頼殿に頼りきっていましたけど。まぁ、今もですが・・・。ですが鬼庭良直殿や白石宗実殿も頼れますし、他にも沢山の武将が入り、成長してきて・・・我々伊達軍本隊の戦は負けなしとなってきてるなと思いまして」
俺「確かに。戦力も増えて本願寺攻略の分隊(伊達政宗隊)を出せるぐらいだもんな」

戦いも順調に進み
武田勝頼「冥土の土産に我が風林火山の旗印目に焼きつけよ!」
敵兵「ぎにゃぁ!」

最上義光「やはり、相手は鉄砲で固めてきますね。だが輝宗様の癖があだになった」
俺「どういう事?」
最上義光「鉄砲は頑丈な門に守られてこそ、強いのです。輝宗様は勝瑞城にいた時、常日頃、城の防御度を上げていませんでした。なので簡単に城門も破壊され、簡単に突破できたわけですね」
俺「ゲームにまで己の癖が出るとは・・・たまには部屋の片付けでもするか」


そして敵の士気も0になり
俺「伊達軍の勝利じゃぁ!」

戦い終わって大将の龍造寺信岡は撤退したが。敵の中にいた島津義久を捕まえた。

島津義久「わしの大砲の味はどうでしたかな?」
最上義光「貴様が先程、我が部隊に大砲を当てた男か。島津義久なら納得できますね」
『島津義久』といえば!
薩摩(幕末でも出てくる名前だね!)の第16代当主であり、島津4兄弟の長男でもある。
義弘が有名すぎて影に隠れる感じもするが三兄弟の個性を見抜き、使いこなしている。
そんな島津だがこの烈風伝の世界では本願寺にやられてしまったようだ。
俺「その上、此方の士気を下げたりもしていたな。どうだ義久。俺の所にこないか?」
島津義久「お断りいたす。わしにも意地というものがある」
俺「しょうがない。放すか」
島津義久「礼は言わぬ、礼は言わぬぞ」

赤松、山名、三好、尼子、中々に西国の将達が集まっていたけど能力の割には登用に応じないし、めんどいので解放した。

俺「義光さぁ」
最上義光「はい?」
俺「頑張ってるから、今日から家老な」
最上義光「それは・・・ありがたき幸せにございます。この義光、感激にたえません・・・」
俺「いや、まぁタメ(大浦為信)がそうしろって言うからさ。今回の戦いでまたいろいろな人間が出世したよ」



1588年6月
湯築城にて

伊達政宗「どうやら、伊達軍本隊は勝瑞城は取り返したようだな」
伊達成実「やりましたね」
伊達政宗「当然の結果よ。これでわしらは動きやすくなる」
片倉景綱「それで、政宗様はどうなさるのですか?」
伊達政宗「このまま九州にと行きたい所だが、どうやら本願寺の軍が此方にきたようだ。用意いたせ。九州進出前に派手にやるぞ!」

大友義鎮「政宗の首を取る! おのおの方覚悟を決められよ!」
伊達政宗「大言壮語しおって! 後でほえずらかくなよ義鎮!」


伊達軍
大将:伊達政宗
兵数:7600
部将数:14

本願寺軍
大将:大友義鎮
兵数:9860
部将数20

伊達成美「数の上では負けてますね」
片倉景綱「して、我々はどのように動きますかな」
伊達政宗「小十郎隊、成実隊はわしについてこい。城外に出るぞ。後の部隊は残れ」
伊達成実「いや、待ってください。籠城なのに大将自ら討って出るなど聞いた事がありませんよ」
伊達政宗「馬鹿め、おどおどと城の中に篭っては勝てる戦にも勝てぬわ。常識を打ち破る・・・ それが伊達者よ!」
片倉景綱「やれやれ、困った人だ」

3部隊の騎馬鉄砲部隊が城外へと出て行く
伊達政宗「我が部隊でも騎馬鉄砲を使えるのはわしら3部隊だけならばその能力をフルに使うのが戦略というものよ」
片倉景綱「そうですね。そうなると私達は囮って事でいいんですかな?」
伊達政宗「察しが良いな。敵がわしらに気を取られれば城外から矢の雨が。かと言って城内に入ろうとすればわしらが遠くから鉄砲を放つ」
伊達成美「しかし、俺達を追いかけようとしても騎馬部隊だから思うように捕まえられない! 成程。了解しました!」
伊達政宗「ただし、わしらが捕まったら無駄になるから突出しすぎるなよ! 行くぞ、時勢に逆らう馬過共に銃弾の雨を降らせるのだ!」

大友義鎮「どうした! まだ落ちないのか!」
本願寺軍武将「城外にいる伊達政宗率いる騎馬鉄砲部隊に我が部隊が翻弄されております!」
大友義鎮「そのような見せ掛け倒しの部隊など雨が降れば敵ではないだろう!」
本願寺家武将「それが、雨が降っても騎馬能力はあるので我が部隊ではどうにも捕まえるのに苦労いたします。それに城内にいるのはほとんど弓兵。地形や天気に左右されません」
大友義鎮「言い訳など聞きたくもないわ! どうにかいたせ!」

しかし大友義鎮の怒りとは裏腹にどんどんと騎馬鉄砲部隊に翻弄され、ばたばたと大友義鎮の部隊は崩れて言った。
大友義鎮「ま、待て、逃げるでない!」
伊達成美「敵の大将が見えたぞ! 成実隊かかれ!」
大友義鎮「ぬぅ!」

大友義鎮隊は成実隊によって壊滅した。

大友義鎮「どうした政宗! 早く斬らぬか」
伊達政宗「使える人間を切るほど馬鹿ではないわ。貴様とて本願寺に使われるのは本意ではなかろう」
大友義鎮「・・・・・・」
伊達政宗「四国、九州と本願寺に占領されたとはいえ、歴戦の将たちが望んで本願寺に仕えていないのはわかっておるわ」
大友義鎮「貴様とて本願寺と同じではないのか?」
伊達政宗「違うな。それを証明してやる! 義鎮よ、わしに仕え、わしを見よ。わしが先頭にたって貴様らの解放戦に協力してくれるわ!」
大友義鎮「どの道仕方あるまい・・・好きに致せ」


戦国ちょいメモ
『大友義鎮』、または『大友宗麟』
豊後の戦国大名でキリシタン大名としてとても有名な人
一時は九州6カ国を平定し九州最強の大名であったが島津義久に破れ晩年には豊後1国を維持するのがやっとというまでに衰退した。
若き日はそれなりの才能を発揮したらしいが性格が横暴な一面があったらしく、家臣と宗教対立がおきたりして内部から混乱がおきたのも衰退の原因らしい。
その一方文化人としての一面もあったらしい
家臣には猛将で有名な高橋紹運や立花道雪がいた。
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